平成24年度講演会プログラム
1:30−1:40 開会挨拶 会長 小山隆夫先生
1:40−2:40 演題@ 根尖性歯周炎の現場
−細菌バイオフィルムが紐解く新しい病因論−
大阪歯科大学講師 山根一芳先生
座長 前田伸子先生
2:45−3:30 演題A 歯性感染症における下顎骨骨髄炎
鶴見大学准教授 浅田洸一先生
座長 吉田匡宏先生
3:35−4:20 演題B 歯内治療の成功とは何か?
‐歯内治療で治癒阻害因子に対応できるか?‐
大阪歯科大学講師 吉田匡宏先生
座長 東京開業 小山隆夫先生
4:30−5:15 討論or質疑応答 歯内治療を成功させるために
講師、座長とすべてのご出席の先生
座長 小山隆夫先生
5:15−5:30 閉会
前田伸子先生
根尖性歯周炎の現場
〜細菌バイオフィルムが紐解く新しい病因論〜
大阪歯科大学細菌学講座
山根一芳
「なんでエンドの保険点数って低いんやろね.あんな手間も技術もいるのに,労働に見合ってないよな」という私の問い掛けに返ってきた言葉は,「再治療するからやろ.1 本の歯,何回も治療するんやから,1回分は安くなるんちゃう」でした.思わず納得してしまう答えでしたが,多くの症例では抜髄処置より,感染根管処置の方が,難易度が上がることや,再治療時の切削による歯の耐久性低下などを考えると,現状をよく表してはいても,甘んじていてはいけない答えでもあります.根尖性歯周炎は,細菌の残存によって引き起こされる感染症で,これを治療するためには,感染をコントロールしながら,病巣を無菌化していくことが必要です.しかし,見えない病巣の細菌を,根管から手探りでコントロールする事は手間と,技術を要するデリケートな作業になります.急に痛みが出る,排膿が止まらない,症状は消えているが細菌検査をしても,なかなか無菌にならないなど,「難しい症例」を治療するには,根尖性歯周炎の現場で起こっていることをイメージし,そのイメージに合った検査を組合せながら, 残存する細菌を取り除く必要があります. 病巣に細菌が長期に残存する原因は,@術者のエラーA根管系の解剖学的な形態B感染細菌の環境抵抗性などが挙げられます.@やAに対しては,ニッケルチタンファイルや,マイクロスコープ,歯科用CT など機器の進歩によって少しずつ対処できるようになって来ています.しかし,Bの感染細菌の環境抵抗性については,これまでの細菌の種類に着目した病因論では,説明できないことが多く,現場で起こっていることをイメージするのが難しくなっています.本講演では,難治性根尖性歯周炎の現場における細菌のバイオフィルム形成について,私の研究の一部をご紹介すると共に, 細菌の環境抵抗性に着目することより説明できるようになった,新しい口腔感染症の病因論をお話します.
歯性感染症における下顎骨骨髄炎
鶴見大学歯学部口腔内科学講座
浅田洸一
歯科治療の基本は感染症の治療である。齲蝕にしても。根尖性の歯周炎にしても、また歯周炎にしても細菌感染症である。これらの原因は口腔常在菌である。これらの細菌が歯を通じて生体内に侵入増殖し、発症する。その発症の多くは根尖周囲や歯肉周囲に限局する慢性炎であるが、ときに急性化するとともに、当該歯にとどまらず、顎骨や顎骨周囲の軟組織に拡大する。顎骨周囲の炎症としては、顎骨骨膜炎、口底炎、扁桃周囲炎があり、顎骨内としては顎骨骨髄炎がある。歯は顎骨に植立し、その根尖は骨髄にあるが、歯性感染症の拡大について骨膜炎と骨髄炎を比べると、圧倒的に骨髄炎は少ない。
この現象を、細菌からみると骨膜などの組織隙は浸潤増殖しやすい環境なのに対し、骨髄内は骨梁などが隔壁となり、細菌が増殖しにくく、病巣が拡大しにくい環境であるといえる。しかしながら、一旦顎骨内で細菌が増殖すると、その除菌は困難となる。その治療の難しさの原因としては、骨髄炎による循環障害により骨が壊死し、骨髄内に存在する細菌がその壊死骨に付着することにより、顎骨内に異物炎の状態となるためと考えられる。さらに、骨髄炎による循環障害のために抗菌薬が病変部に届かないために治療は一層困難となる。
顎骨内への細菌の侵入の程度、循環障害の程度や生体の反応性などが関連し、骨髄炎は様々な病態を呈する。さらに顎骨に修飾の加わった状況で発生する放射線骨髄炎、ビスフォスフォネート骨髄炎があり、さらに原因不明とされる硬化性骨髄炎の位置づけも定まっていない。いずれも症例数が少なく、まとまった話をするのが難しく、代表的な症例を紹介し、これらの顎骨骨髄炎に対しどのように対応しているかを述べる。
歯内治療の成功とは何か?
‐歯内治療で治癒阻害因子に対応できるか?‐
大阪歯科大学口腔治療学講座
吉田匡宏
非外科的歯内治療での処置は、疾患の原因となる因子の除去と根管充填による封鎖の二つから成り立っている。かつては、緊密な根管充填によって治癒をもたらすとか、根管充填に重きを置く考え方が主流であった。しかし、失敗の原因が細菌残留であることが明らかになるとともに歯内治療の処置の主体が根管充填から根管拡大・洗浄に移行してきている。とはいえ、主要な話題は「いかに容易に根管を形成するか?」という技術論に終始しており、歯内疾患の原因除去への考察や検証が欠落しているのが現状である。治療後の治癒を阻害し、根尖性疾患を維持あるいは悪化させるものは細菌による持続的な感染である。臨床において「難治」の原因とされる、歯根の弯曲、根管の石灰化、異物による閉塞、根管内での器具破損、歯根破折、穿孔や大きな根尖病巣などはその存在そのものではなく、治癒阻害因子である細菌感染の除去を困難にし、感染を維持しやすい状況こそが問題なのである。ちなみに、根尖病巣部に到達できる難治性根尖性歯周炎には「チェアーサイド嫌気培養システム」を用いた治療が有効であることはかねてより報告している。この治療は「根尖治療」を基本としており、従来の歯内治療と比べて積極的に根尖周囲組織に働きかけるもので、歯内治療の適応症例を広げることができた。しかし、根尖周囲の感染排除や修復は根尖周囲組織の治癒能力に依存するという点では従来と変わるものではなく、原理的な適応限界がある。今回の講演では、あえて成功症例と言えない症例を紹介し治癒阻害因子である細菌感染除去の可能性と歯内治療の治癒について考えていきたいと思う。